まだまだ続く・・・

先日、都内で「世界を変えた民族紛争」という講演会が行われた。
場所柄か、国際支援に興味がある学生を対象としている感じがあった。
参加団体は、旧ユーゴを支援している(していた)団体で、
JEN
アドラ・ジャパン
SFP
国際ボランティア連絡会議

JENはこのブログでも度々出てくるNGOだが、
旧ユーゴからは撤退し、今では具体的な活動をおこなっていない。
しかし代表の木山さんはユーゴ紛争中の6年間、優れたリーダーシップで
現場で指揮をとり、約500人の現地スタッフを統括していた。
旧ユーゴでは、エスニッククレンジングが戦争の武器として使われ、
多くの女性が心に闇を抱えてしまった。
JENでは、心のケアの一環として、
「編み物教室」「押し花カード作成」を始めることにした。
家にいたら、暗く落ち込んでしまう。
編み物をしていれば気がまぎれるし、子どものセーター一つでも
編んでみようという気になれる。
もともと経済的に自立した人たちなので、きっかけさえあれば
再び立ち上がることができるのだ。

アドラでも旧ユーゴの支援を行っていた。
来年度、コソボのスタディーツアーを始める計画があるそうで、
HPに12月中旬に詳細が載るそうだ。
アドラの事業部長である橋本さんが話していた興味深いエピソードがある。
それは、知り合いのムスリムの校長先生が、
「子どもたちは学校に来なければならない」と、しきりに言っていたという。
「家にいたら親から憎しみを植え付けられる」と。
しかし、こういう発言をするということは、
とてもリスクが高いのだ。
というのも、とあるセルビア人が同じように、
「アルバニア人(ムスリム)と手を組もう!」と言った人がいるが、
その人は同胞から殺されている。
しかし、それでも校長先生は訴えることを辞めなかった。

そしてとても興味深かったのが、SFP代表の森田さんの話だ。
彼は、旧ユーゴでいろんな民族の子どもたちを集めてサッカーをしている。
「サッカーを通じた民族の融和」を実現しようとしているのだ。
もちろん、ここまで来るにはいくつかの壁があった。
つい昨日まで、セルビア人はムスリムを殺していた。
親がセルビア人に殺された、という子どももいる。
そんな状況で、ムスリムの子どもたちがセルビア人とサッカーができるわけがない。
ましてや、セルビアの土地でゲームができるわけがない。
「セルビアに行ったら殺される!」と、子どもたちは思っていたのだ。

しかし、勇気のある一人の少年が現れる。
「僕は、セルビアに行って、セルビアの子どもたちと一緒にサッカーをするよ」と。
国境を越えるまで、そして越えてからも恐怖で怯え、不安でいっぱいだった。
到着すると、セルビアの子どもたちが、彼を待っており、歓迎した。
セルビアの少年たちは、ムスリムの友達ができ、一緒にサッカーができて、
本当に喜んだ。
そして、そのムスリムの少年がコソボに戻ってきて、仲間にこう言った。
「同じだったよ」

そう!!同じ!!
同じようにサッカーをして、
同じように笑って、
負けたら悔しがって・・・・
民族が違ったって、同じ!

一人でも多くの子どもたちが、「自分と同じ」ということに
気がついて欲しい。
そのサポートをするのが、私たち大人の役目だと思う。

旧ユーゴは、いくつかの紛争が絡まり、
NATOの空爆も受け、収拾のつかない状態に追い込まれた。
今でも約100万人の難民・国内避難民がいるといわれてる。
戦後の復興が進んでる地域と進んでない地域との格差が激しく、
低所得の人たちが多く存在する。
教育も医療も充分でない地域がまだまだあるのだ。
紛争は1999年に終結したように思われるが、
まだまだ彼らの苦難は続いているのだ。

旧ユーゴの紛争については、コチラを参照してみてください。

ugosurabia-tuda
報告会の休憩中に。

スポンサーリンク


スポンサーリンク