ナクバからホロコーストを考える。

2005年3月。

ポーランドから帰国して、アウシュビッツについて調べるうちに、
「ホロコーストはなかった」
「アウシュビッツのガス室は、後でつくられた」
という話を目にするようになりました

しかし私の反応は、
「まさかホロコーストが捏造であるはずがない」
頭から否定していたのです

それから時が流れ~
2006年。
JIM-NETという団体でイラクの医療支援に関わるようになってから、
表現の自由があるように見える日本でも情報規制が行われていること、
世界では、私たちの想像の及ばぬ所で、
いろんな密約や取引がなされていることを知り、
「ホロコースト捏造説」についても、
ありえる話かもしれない、と思うようになったわけです
概してマスコミは為政者の側につくもの。←悲しいことですが
都合の悪い情報は流さないし、情報を握りつぶすのは簡単なことです

そして2007年。
フォトジャーナリストの広河隆一氏が、
40年の間、写真や映像に収めてきたパレスチナ難民の姿を、
ドキュメンタリー映像としてまとめることになり、
その一部を見る機会に恵まれました
→現在、パレスチナ1948-NAKBAは、上映中です

ちなみに、NAKBA(ナクバ)とは、
1948年にイスラエルが建国された時、
パレスチナ難民が大量に発生した「大惨事」のことです
ユダヤ人は、パレスチナ人を殺し・追い出すことで、
イスラエルという国を手に入れました

映像を見て、目を覆いたくなるような真実に涙が止まらず、
「ホロコーストを体験したユダヤ人が、なぜこんなにも酷い仕打ちを、
パレスチナ人に対してできるのか」
そしてふと、
「本当はホロコーストなんてなかったから、
こんな残虐な行為ができるんじゃないか?」と。

もちろん、
「自分がやられてイヤなことは、他人にもしない」というのは、
世の中が正常に機能している時にだけ通用する話であって、
実際戦争になれば、残虐行為は繰り返されます、悲しいことに

戦争のない日常でも、
児童虐待やDVのように、
自分が受けた暴力を、自分も弱いものに振るってしまう、
「暴力の連鎖」が存在します

まあ、とにかく、
釈然としないものを感じるようになったわけです

それは、2005年に、
アウシュビッツで実際に見た光景です

au01

これは、ガス室の見取り図です。
確か、左が1942年当時のもの。
右が現在のものだったと思います

あれ?
煙突(e)が焼却炉(d)の上についていない!?

各焼却炉(d)には、下に降りる階段がついてるけど、
煙は下を通って、煙突(e)から外にでるんだろうか??

au02

これが実際の写真です。
焼却炉は全部で4つ。
う~ん、、、1日に何千人もここで殺されたというけど、
それにしては、焼却炉が小さいかも!?

au03

ここがシャワー室。
実際はガスが出てきたと言われていますが、
う~ん、、、どこからガスが出てくるんだろう??
確かに壁の上のほうに管が通ってるけど、
管が細くないかしら?

というのも、ガス室で使われたと言う「チクロンB」では、
人は死なないと言われています。
こんな細い管では、それこそ致死量のガスを噴霧するには
効率が悪いんじゃないかしら?
→私的には、チクロンBを大量に吸ったら、
さすがに死んでしまうのではないかと思うので
(専門家でもないのに、適当なことを言っていますが)

そして、アウシュビッツに行ってまず感じたことは、
「モデルハウスのような場所だなあ~」と。
整然と並んでるバラックに違和感を覚えました。

しかし、ここでは、
腸チフスなどの感染症で多くの方が亡くなっていますし、
ナチスがユダヤ人に行った非人道的な行為は、
確かに存在したと、私は思っています。

ホロコーストがあったか・なかったか?
については、
私はあったと思います
しかし一般的に伝わってる話を全て鵜呑みにはできません。
少なからず、手が加わっていると思うのです
「ホロコーストがあった」ということで特をする人たちの手によって・・・

スポンサーリンク


スポンサーリンク