アル・ワリードでのミッション⑥

アル・ワリードでのミッション①
アル・ワリードでのミッション②
アル・ワリードでのミッション③
アル・ワリードでのミッション④
アル・ワリードでのミッション⑤

アル・ワリード難民キャンプは、イラク国内にあり、
このキャンプにいる人たちは、みんなパレスチナ人です
なぜ、イラクに住んでいるパレスチナ人が追われなければならないのか

それについては以前も述べましたが、
アル・ワリードでのミッション②
パレスチナ人は、サダム政権下で優遇されていたため、
政権崩壊後、それを恨んだイラク人たちが、
パレスチナ人をイラク国内から追い出そうとしているわけです

パレスチナ人は、
1948年のナクバ(大惨事:パレスチナ人への虐殺・迫害)以降、
国を持たず、難民として生きている人たちが多いです

例えば、この男性

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パレスチナのハイファ出身。
6歳でナクバを体験し、ハイファからジェニンに移りました
ジェニンにいた時、イラク軍に、
「2ヶ月だけ」という約束で、イラクの首都バクダッドにやって来ましたが、
そのまま60年
孫ができた今でも、難民のままです

この方は言っていました
「今の私は車いすでの生活です。
この年で、テントでの生活がどんなに体に応えるか、
考えてみてください」

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18歳のお母さん・リンダから生まれた、
5か月のタイーブ

近くの街の病院で出産
母子共に健康とのこと。

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19歳のお母さん・ラガダから生まれた、
1か月のアサーラ

病院への搬送のリスクが高いとのことで、
キャンプ内で出産しました
産婆さんがいたけれど、怖かったし大変だったそうです

この子たちの故郷はいったいどこなんだろう・・・
パレスチナ?イラク?
難民キャンプという閉ざされた空間しか知らず、
オリーブの実がたわわになり、水の溢れる豊かなパレスチナを知らず、
彼らは大きくなるのでしょう

そしてこのキャンプで晩年を迎える老人たちは、
生まれ故郷に帰ることを許されず、この地に埋葬されるのです
「かの地に帰りたい」と願いながら・・・

私たちには移動の自由があります。
住むところは自分で決める自由があります。
それは、宗教や民族によって侵されるものであってはならないと思うのです

つづく

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