非暴力的な解決は可能なのか?

マハトマ・ガンジーの話ではありません

「スリランカ」というと、何を思い浮かべるでしょうか?
ちなみに私にとって、行ってみたい国の一つです

文化三角地帯と呼ばれる、遺跡の宝庫
地震・津波の被害と復興
紅茶の産地

そして
ビーチリゾートにスパ
お気に入りの本を持参して、
ゆっくりしてみたい

スリランカは旅するのに楽しい国だと思いますが、
忘れてはならないのは、
約20年にわたる、地域紛争です
スリランカ政府軍と、独立を求めるタミル・イーラム解放の虎(LTTE)の間で
武力衝突が続き、特に北部の影響は大きいです

2002年に停戦協定が結ばれる
      ↓
2006年2月より低強度戦争と呼ばれる状態に。
      ↓
2008年 LTTEとの停戦合意を破棄

といった感じで、現在も紛争は続いています

紛争の原因は、どこの国でも起こりうるもので、
イギリスが植民地にしていた時代、
少数民族(人口の2~3割)のタミル人を優遇
スリランカ独立後は、多数派のシンハラ人が権力を掌握し、
それに対し、タミル人が立ち上がったのです

紛争自体も問題ですが、
それに絡んで、「子ども兵士」という問題があります。
数は不明ですが、政府軍もLTTEにも子ども兵士がいます

また、若者の間では将来の見通しがなく、
大都市コロンボの学生は、欧米への留学を希望しています。
つまり、「頭脳の流出」という事態が起きています
今のスリランカの若者は、軍隊に入るしかありません。
職がないのです
もちろん、美しいビーチリゾートがあるのですが、
津波以降、観光客が激減しているそうです

スリランカは、
①アジア初、女性の参政権
②アジア初、女性大統領
で、男女共に識字率が高く、教育熱心な国です。
そんな国で紛争が続いているなんて、残念です

そして、「職がない」ことは、
別の問題も引き起こしています

91年の湾岸戦争のとき、
クウェート国内で、
12万人のスリランカ女性が、どこからともなく出てきました
戦争から逃げるために、出てきたのです。
彼女たちは一体どこにいたのでしょうか?

中東の産油国には、約100万人のスリランカ女性が
出稼ぎにやってきていると言われています
うち、サウジアラビアには25万人のスリランカ人がいます。
そして何故か、サウジの死刑者のトップはスリランカ人。
クウェートの刑務所にも、スリランカ人が多いのです
スリランカ人は仏教徒のため冤罪になりやすく、
出稼ぎに行くときは、仏教徒だと分かるものは身に着けず、
キリスト教徒のフリをするそうです。

実は、日本は40年に渡って、スリランカにODAを出しています。
→しかしそれが本当にスリランカのためになっているかどうかは、別ですが。
なので日本は、スリランカ支援国、第三位です
→一位は中国、二位はイラン。
福田首相は、明石政府代表をスリランカに派遣し、
LTTEに、真剣に和平に取り組むよう働きかけをするそうです。
もちろん、スリランカ政府にも要請

民間レベルでは、いろんなNGOが支援に入っていますが、
興味深いのはコレ

非暴力平和隊の活動です
世界の人々が共に働くことで、
非暴力的に解決できることを実践しているNGOです
これはスリランカだけの話ではありません。
実際に、旧ユーゴでも同じような試みをしているNGOが存在します

非暴力で平和が築けるか?
築けると、私は信じたいです

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