高汚染地・ベトカ地区①

去年訪問した、ベラルーシの話の続きをちょっと

ちょっと進化した感じのオーストリア♪
現場との温度差を感じる日々
チェルノブイリ一歩手前
チェチェルスク地区病院で。
チェチェルスク地区の、学校訪問☆

ベラルーシ共和国はつの州に別れています。
その中でも、
ウクライナに近く、
チェルノブイリの放射能汚染の被害が一番大きな地区が、
ベトカ地区です

私たちJCFは、
数年前からベトカ地区病院で、
医療器機を提供する支援を行っています

私が2008年の春に訪問したときのこと
地区病院の院長であるナージャ先生は、
面白いモノを見せてくれました( ̄∠  ̄ )ノ

↓↓ナージャ先生は、産婦人科のドクターです
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最初に見せられた、ベトカ地区の地図

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 この地図は、
ベトカ地区内の病院やヘルス・ステーションの位置を示したモノです

地区内には、ベトカ地区病院をトップに、
つの中規模病院
15のヘルス・ステーションがあります

ベトカ地区の医療施設は、ナージャ先生の指示の元、
きちんと体系だって機能しているから凄いです~(☆゚∀゚)

そして、地図をよ~~く見てみると・・・
南北には医療施設が集中していますが、
中央には何もありません

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 ナージャ先生の言葉が、
私の胸に、静かに響きました.。o○o。.★.。o○o。.☆

中央はゾーンだから、人が住めないのよ

ゾーンとは、埋葬の村のことで、
チェルノブイリ原発事故の放射能汚染が高く、
人が住めなくなってしまった村のことです

ベトカには埋葬の村が58あるけれど、
ある村には2人、ある村には4人など、住んでいる人はいます

しかし埋葬の村には、病院もヘルス・ステーションもありません。

ナージャ先生の話を聞いて、私が興味を持ったのは、
ヘルス・ステーションの存在です(‘▽’*)ニパッ♪

ステーションはベトカ地区の北に7カ所、南に8カ所あり、
そのうち多くの村をカバーしている、
ハリッジという場所のステーションを訪問することになりました

②へつづく~

ありがとうございます。
mana

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